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そうだ、京都行こう 2015盆(27)雪舟と三玲 [紀行]

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光明院さんから北を目指して歩きます。

今年5月に東福寺さんに訪れた際に利用した日下門で西に折れます。

やってきたのは芬陀院さん。

やはり東福寺さんの塔頭です。

 

さてと、唐門の前に立ってカメラを構えようとするとご夫婦らしい二人が出てきました。

説明書きを読みながら、通り過ぎるのを待ちます。

 

別名 雪舟寺。

あの“画聖”雪舟です。

後で頂いたパンフによれば、雪舟は東福寺の末寺である備中宝福寺で幼少期を過ごしたそうです。

そして本山を訪れる時にはこの芬陀院に起居したとの事。

芬陀院の大檀徒の要請に応えて、作庭したとのこと。

この情報を得て、思わず美玲を結びつけてしまう。

 

 

 

 

 

日曜美術館でも三玲の経歴が紹介されておりましたが、彼は日本各地の庭を3年かけて測量・調査しました。

庭の設計図があまり残っていない事を知り、荒れた庭の修復作業に携わります。

先ず取り掛かったのが、三玲の代表作の一つ、東福寺本坊庭園(八相の庭)。

新しい息吹を庭に与えました。

昭和14年の事。


芬陀院さんも元禄期、宝暦期に火災にあい、庭は荒れ果てていたそうです。

三玲はこの芬陀院の庭にも手を付けます。やはり昭和14年。

但し、東福寺本坊とは違い、修復ではなく復元です。

元々あった石組みのまま、庭を生き返らせました。

 

先ほど、雪舟と三玲の類似点なのかなと思ったことがあります。

雪舟が幼少期を過ごした備中宝福寺。今の岡山県のことです。

重森三玲は岡山県で生まれました。

雪舟という称号を与えられるほどの画家。三玲も画家を目指していた頃がありました。

三玲にしても雪舟にしてもイサムノグチにしても、やはり芸術肌というのは様々な分野の通じるんだな。

 

 

 

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玄関へ向かいます。

 

 

で、ここで光明院さんを出るときに遭遇し、心に投げかけられた出来事が蘇ることとなります。

光明院さんでは「志納」 という形で拝観するお礼の気持ちを納めます。

義務ではありませんが、まず払う事が多いでしょう。

で、目安として300円という金額も明示されていた。

すれ違いで入ってきた3人組の一人が言った言葉。

「お釣り、どうするのだろう」

確かにお寺の人はおらず、竹製の収納箱へ投入するようになっている。

だけど、志にお釣りって妙に引っかかった。

拝観料ならお釣りは当然に感じておきながら、志納の場合はお釣りを求めるのはどうかと。

うーん、と思って結論が出ないまま芬陀院さんの雪舟の庭を拝見しようとしています。

こちらは入口に拝観料300円とある。

ポケットからまだ沢山小銭が詰まっている小銭入れを取り出して玄関に入ります。

 

 

誰もいない。

これまで、何回かあったパターン。

ここでお寺の人を呼ぶパターンもありますが、机があり、そこに100円玉が十数枚置かれている。

注意書きに人がいない時には300円を置いていって、パンフレットをお取りになって、お上がりくださいと書いてある。

おつりが必要な場合はお寺の人に声をかけてくださいというような内容も書かれている。

ぱっと見た目の100円玉の枚数は私の前に少なくとも6~7人程度のお客さんがここに来ている事を表していた。

 

私自身は寺社仏閣巡りをする場合はあらかじめ大量の小銭を持ってくるようにしている。

まだまだ小銭入れには500円玉も100円玉も沢山入っている。

だからお釣りなど必要ないのだが、お札しか持っていない人が来たらどうするか。

300円を置いていってくれとお寺さんは信用してくれている。だから、ちゃんと1000円札をおいた上で拝観料のお釣り700円分をもらうことはどうなのか?

お寺の誰かを探すか

お釣り相当を納めるか

700円を手に取るか

どれが正しいのだろうか。

 

これなら、余程さっきの志納の方が自分の行動指針を決めやすい。

と、考えながら100円玉をみっつ置いたので、パンフレットをいただきます。

お庭に行きましょう。

 

 

と、すぐにご住職と思しき方に会い、ご挨拶。

先程の疑問を問い合わすこともなく、お庭の先に行かれました。

 

 

 

 

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お庭が見通せる場所に腰を下ろします。

 

まだまだ暑い。

そろそろ水分補給を考えなければいけないな。

 

 

 

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お庭の端っこに手水鉢と崩家形燈籠。

 

 

 

 

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鶴亀の庭。

 

 

 

 

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お庭の真ん中にある亀石。

 

 

 

 

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やや端っこにある鶴石。

鶴亀の庭と言えば、この日の午前中、南禅寺塔頭の金地院さんでも鶴亀の石組みでした。

枯山水の石組み表現の一つなんですね。

 

 

しならく雪舟作と言われているお庭をしばらく眺め、体の回復を待ってから東側の庭に行きます。

 

 

 

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こちらの東庭も重森三玲の手によるもの。

南側の庭はもともとの石組みに一切手を加えなかったので「復元」でしたが、この東側の庭は「修復」。すなわち、三玲のオリジナル。この南と東の庭に三玲の拘りを垣間見た気がします。

南側の雪舟作の庭は亀石を庭の中心においています。東側のこの庭は鶴石を庭の真ん中に置いています。

雪舟に対するリスペクトと、でも僕ならこうするという気持ちが表れているのでしょうか。南側と東側ではその面積や背景も異なり、私の考え過ぎかもしれません。

 

宝暦の火災によって消失した茶室。図南亭も昭和44年に復元されました。

一条家第十四代関白、一条恵親公もここで茶を楽しみました。

その図南亭から三玲の庭を見ます。

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やっぱり絵になる。

 

 

 

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雪舟と三玲の庭を独り占め。

 

 

 

ただ、午前中から頭に浮かびながら自分の言葉に変換出来ない気持ちがありました。

それを消化するために移動します。

この日、訪れるかどうか迷っていましたが、寄りましょう。

 

 

 


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