そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (25)八坂神社 [紀行]
八坂神社に到着しました。
2012年夏に来た時は祇園祭の最中でした。
レンタサイクルに乗って、前を通り過ぎただけでしたね。
今回は雨。歩きで来ています。
さて、写真を見て人が少ない・・・・と思うかもしれません。
しかし
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (23)建仁寺 ○△□之庭・潮音庭 [紀行]
多くの襖絵を眺め、写真で撮ることもできました。
ただ、やっぱり庭が気になる。
○△□之庭
○△□は宇宙の根源的な形態を示し、禅宗の四大思想(地水火風)を○(木)、△(庭の隅の形状)、□(井戸)で表現した庭なんだそうです。
まあ、当然新しいもので2006年に作庭されました。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (20)建仁寺 双龍図 [紀行]
建仁寺さん。
方丈に入り、受付で拝観料を納めました。
カメラを首からぶら下げていました。
受付の方が、堂内は全て写真をお取りいただいても構いませんと言って頂きました。
風神雷神図(複製)もカメラで撮りましたし、それでは法堂の双龍図も張り切って撮影しましょう。
前の記事にも書きましたが、スリッパに履き替えて法堂へ。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (19)建仁寺 宗達 [紀行]
摩利支天さんから歩いてきて、再び建仁寺さんの勅使門前へ
いや、実は六波羅密寺さんから歩いてくるときに、一度勅使門前を通過して摩利支天堂へ向かっていたのです。
さあ、入りましょう。
とは言っても勅使門。
私は通れません。
脇から入ります。
勅使門~三門~法堂~方丈と一直線につながりますが、多くの参拝客はここから入ってきていない。
あれ、みんなどこから入ってきているの?
しかし・・・・・雨雲レーダーを眺めて、色々考えて遅くても午後には止むだろうと思っていたけど、止まない。
もう京都散策も終盤に来ていますが、これは一日中だめかな。
ちなみにこの日東京は一切雨は降らなかったそうです。(2015年5月4日)
おそらく、5月2日~6日の間、京都で雨が降ったのも4日だけだと思う・・・。
樫 [ライフ]
知らなきゃよかった?
でも、知っちゃった。
今日はオークスだ。
競馬はGⅠレースだけしかしないけど、それにしても今年は参戦しすぎ。
馬券を買うと、ブログに書いていますが、今年は桜花賞と皐月賞を買って痛い目にあっています。
やめるべき
と、思った時点で泥沼に足を踏み込んでいる。
やめるべきと思った時に桜花賞では何を買ったんだっけ?と馬名を思い出し、
そうだココロノアイだ。
あああああ、これでココロノアイが来たら悔やまれるではないか。
バカだ。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (18)禅居庵 [紀行]
さて、今回の京都旅行、どうしても訪れると決めたところが二箇所。
一箇所は東福寺さん。
京都に到着し、最初に訪れました。
もう一箇所は建仁寺さん。
東福寺さんを出てから、いろんなところに立ち寄りましたが、やっと到着。
でも、まずは建仁寺の塔頭である禅居庵さんへ。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (17)子育て [紀行]
六波羅密寺さんを出て北へあがります。
小学校の前を通り過ぎると、道幅こそそれほど広くないが、交通量が多い丁字路にぶつかります。
そちらにあるのが、
西福寺、子育て地蔵尊。六道の辻と呼ばれるあたりにあり、六道の辻地蔵、六波羅地蔵とも呼ばれています。
このあたりは平安京の火葬地である鳥部野の入り口にあたり、冥界への入り口と言われています。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (16)六波羅密寺 [紀行]
到着しました。
いつも通り、地図を見ずに方向感覚で歩いたら、随分と的はずれな方向へ歩いていた。
雨が本降りに。
六波羅密寺さんに到着しました。
写真はあまり撮れませんでした。
雨が激しいのと、宝物館は勿論撮影禁止なのです。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (15)今回の移動手段 [紀行]
智積院さんを出て、東大路通を北に上がって行きます。
京都といえば、はっきりと思い出せるのは中学の修学旅行で訪れ
大学時代にも訪れ、定期的に京都へ来ようと約束し
就職してもしばらく京都へ来たが、だんだんと間が空いてしまった。
カメラを買って、一人旅を覚えて
今回の2015年5月 GW真っ只中の京都
と短いスパンの間に京都を3回訪れています。
2012年の夏の京都はレンタサイクリングを決め打ちして行きました。
京都の道路は混む。渋滞必至。
そう思い込んで大容量バッテリー搭載のアシスト付き自転車で京都を疾走。
スローモーション [ライフ]
駅のホーム
すぐそこで、複数の家族連れがいる。
どこかへ一緒にお出かけしたのかな?
親同士が話をしていて、子供達は手持ち無沙汰の模様。
棒状の物を持った男の子。
剣に見立てて、振り回している。
振り回すだけでなく、突いた。
あ、それは突いてはイカン。
と、私も、彼の親も、周囲の大人たちも気がついたけど、止まらない。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (13)智積院 手に届きそうな国宝 [紀行]
智積院さんを訪れています。
名勝庭園を眺めている、そこに
そこにある壁画
長谷川久蔵の数少ない現存作品の一つ、『桜図』
長谷川久蔵は長谷川等伯の長男です。
国宝(模写)です。
本物は宝物館にあります。
ちょっと、襖絵が繋がっていないように見えるのは、火災から救った際に修復した名残。
長谷川久蔵の25歳の時の作品。
そして久蔵は26歳で急逝してしまいます。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (12)智積院 利休好みの庭 [紀行]
三十三間堂、豊国神社、方広寺を見学させていただきました。
東福寺さんから東大路通りを北に上がってきました。
その際に視線の先に見えていましたが、通りの向こう側。
信号が変わっていたら、三十三間堂を参拝する前に寄らさせて頂いたかもしれませんが、信号が変わってしまった直後だったので、このタイミングに。
智積院さん。
真言宗智山派総本山。
同宗派の大本山として、成田山新勝寺・川崎大師平間寺・高尾山薬王院があり、別格本山として高幡不動金剛寺・大須観音宝生院が挙げられます。
金堂。
比較的新しい建物で、弘法大師生誕1200年の記念行事として昭和50年に建立。
雑誌 [ライフ]
雑という漢字と
誌という漢字の組み合わせでそれが何を表しているか、想像はつくけど定義って難しいよね。
紙の出版物はよく読みます。
最近は歴史物や地域ものが多いかな。
そして読みたい雑誌がない状況で、手に取ったのが
昭和40年男
なんだ、この雑誌
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (11)方広寺 [紀行]
豊国神社さんの境内から敷地続きでお隣にあるのが、方広寺さん。
言葉にして、皆様に伝えるのが難しいのですが、これほど勉強で知っている事と自分の知識とかつて訪れた記憶と今回観た事と巧く繋がらないというか、不思議なバランスというか・・・。
先程の京都国立博物館、三十三間堂を挟む交差点にある交番に歴史を感じることができる。
その交番の名前は「大仏前交番」
かつて、奈良の大仏よりも大きな大仏があった場所。
豊臣秀吉が大仏建立の際に創建されたお寺さん。
豊国神社の境内を歩いていると、方広寺さんといえば思い浮かぶ鐘がすぐに見えてくる。
今では想像もできないけど、もともと方広寺さんは豊国神社、京都国立博物館、先ほど訪れた三十三間堂がある場所を含めて更に広いお寺さんだったという。
これって、現地でスマホを操り、WEBで得た知識ですが眼で見る風景とのギャップを感じます。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (10)豊国神社 [紀行]
三十三間堂を出て、交差点を北側に。
国立京都博物館のお隣り
豊国神社さんです。
4年前、大阪に行ったとき、大阪城内でも豊国神社さんに行きました。
この大阪の豊国神社は秀頼が分祀したものですね。
さあ、参りましょう。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (9)三十三間堂 [紀行]
久しぶりの三十三間堂。
正式には蓮華王院本堂。
昨年末の京都訪問では鹿苑寺(金閣寺)が圧倒的に参拝客・観光客がいました。
今回の京都訪問では結果的に、こちら三十三間堂さんがダントツの混雑っぷり。
大学生時代の貧乏旅行。
平日に休んで、前日深夜東京駅出発の夜行バス。
途中でトイレ休憩の度に冷たい空気が入ってくるし、殆ど眠ることが出来なかった。
早朝の京都駅、取り敢えず重たい旅行バッグを駅のコインロッカーに入れて、駅構内の喫茶コーナーでコーヒーを飲んで、コインロッカーに預けた大きな旅行バッグの方にカメラを入れていたことに気がつき、もったいないけどもう一度カバンを取り出し、しまった記憶。
そして、京都駅からまず目指したのが三十三間堂。
あの時は平日の早朝。
とにかく人は少なかった。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (8)北へ上がる [紀行]
さて、霊雲院さんで少しくつろいだ後、次の目的地へと向かいます。
新幹線の中で大雑把な見学ルートを描いていました。
今回の旅行で必ず行きたいと思ったのが東福寺さんと建仁寺さん。
東福寺さんと塔頭の霊雲院さんを拝見して、建仁寺方面へと足を進めます。
東福寺駅もあるので電車での移動もアリかもしれませんが、今回は歩きます。
何かに巡り会えるかもしれないから。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (7)霊雲院 [紀行]
本日の京都散策、予定していた大きな目標を一つクリアしました。
東福寺さんを訪れ、重森三玲さん作庭のお庭を見ること。
達成感に包まれながら次の目的地へ。
移動方向は新幹線の中である程度描いていました。
しかし、想定外の事態が。
ん!ここにも重森三玲さんが手がけた庭がある。
東福寺塔頭、霊雲院さん。
どんどん進みますが、正直、全く予備知識がありません。
でも、楽しみ。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (6)東福寺三門 [紀行]
たっぷりと東福寺本坊庭園を堪能しました。
東福寺さんに入った時に目の前にあった大きな建物。
本堂(仏殿)です。
東福寺さんも京都の多くの寺院同様に火災にあっています。
1236年創建、19年かけて完成しました。
1319年、1334年、1336年に立て続けに火災が起きて大部分を焼失してしまったそうです。
そして、明治14年の火災で仏殿・法堂・方丈・庫裡を焼失します。
そうか・・・京都の多くの寺院が焼けた事件、応仁の乱や幕末のどんどん焼けでは焼けていないんですね。
大正9年に本堂の再建に着手し昭和9年に完成しました。本堂は仏堂兼法堂となりました。
その本堂の先には
三門です。
歴史とみらいと氷川丸の誕生日(16) [紀行]
氷川丸が竣工85周年(2015年4月25日に訪れました) のこの日。
氷川丸を含めて横浜の歴史を感じながら歩きました。
そして、学生の頃から横浜を訪れている私の思い出も、私にとっては歴史となり
カメラを持って、カメラ撮影の練習、とくに夜景の撮影の練習については横浜という街は度々お世話になっており、これも私のカメラの歴史です。
山手にある、珍しい形の電話ボックス。これも、夜景撮影ではいい被写体として撮影したことを覚えています。
自身のサイトを検索したら、もう5年前のことでしたね。5年前なら前のカメラかな。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (5)東福寺本坊庭園 [紀行]
さあ、今回の京都散策で必ず訪れようと思う場所に挙げた東福寺さん。
その理由はお庭。
昨年末の京都訪問の際にも多くのお寺さんのお庭を拝見しました。
全く知識がなく、素人ですが、それでも重森三玲さんを知りました。
その重森さんの代表作がこの東福寺さんにあると知り、熱が冷め内うちに今回の京都訪問では必ず行こうと思ったのです。
本坊の前には京焼サミットの幟が見えます。
イベントが開かれるようですね、みんな準備をしています。
タクシーがこの本坊の直前まで入ってきました。
車椅子の方が庭園を鑑賞することが出来るかどうか、交渉しています。
タクシーがここまで入ってこれるという事が既にWelcomだという気がしますが、受付の方の回答はOK。
後ほど、見学で色々回っていると、車椅子の方がお庭が見えやすいところに止められていました。
私の身内にも車椅子の生活を余儀なくされている者がいます。
外にはなかなか出ようとしません。
観たい人は観られるということはいいことだと思います。
歴史とみらいと氷川丸の誕生日(15) [紀行]
TOYS CLUB
初めて訪れたのは28年前。
まだ、テレビ番組「開運なんでも鑑定団」は放映されておらず、北原照久さんについてはあまり知識がありませんでした。
横浜、山手散策をした際にふらっと立ち寄りました。
ブリキのおもちゃ博物館という響きに吸い込まるように入ったのですが、その博物館に併設されているのがTOYS CLUB。
あの時に買ったアイテムを思い出しました。
もし、売っていたら買おうか。
入ります。
そうだ、京都行こう・・・とすると雨 (4)東福寺開山堂 [紀行]
天通橋を渡り、開山堂に到着しました。
なんだろう、寺院建築に詳しくありませんが、なんか珍しい気がする。
なんだろう、うまく伝わらない。
屋根の上の楼閣というのかな?これが珍しいのかな?
東福寺さんの開山堂、別名「常楽庵」といいます。
聖一国師は日本で最初に国師という号を天皇より初めて贈られた禅僧。
国師は宋から多くの典籍、製粉機器・技術、お茶の種子を持ち帰って、日本に普及させております。
静岡茶の茶祖でもあるのです。
歴史とみらいと氷川丸の誕生日(14) [紀行]
元町商店街から坂道を登ると、横浜外国人墓地の入口に到着します。
この写真、左にまっすぐ行けば港の見える丘公園。
オフコースの秋の気配を思い出す私はいいおっさん。
しかし、とんと気がつかなかったものが
なにこれ?
公園?
今まで気が付きませんでした。