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今日もぼやき [ライフ]

に~に~2世さんからコメントを頂いきながら、私は夢の中。

頂いたコメントを読み、家路につく。

帰りの電車の中で、コメントのレスポンスなどを考えていたら、また迷路に迷い込んでしまう。

今年のブログ記事ではあまり書いていませんが、相変わらず本は読んでいます。

最近はピッチが早く、2日に一冊のペース。

朝の通勤電車で一冊読み終えており、カバンにストックが無かったので、考える時間がたっぷりあったことも要因か。



で、本来のコメントから脱線した部分ばかりだが、何を考えていたのか?

 

交差点に不用意に飛びこむ自転車の話をしましたが、今日の営業車運転中にあったこと・・・車道の側道を走る自転車。

車道自体も狭く、対向車線は渋滞しており、なかなか抜けない。

イライラするけど、クラクションは鳴らさない。

よく考えれば、自転車は原則、車道を走らなくてはいけない訳で、標識等で歩道も走行可能な場合、条件付きで走ることが出来る。だから、自転車が車道の側道を走っているのは当然な訳で、イライラする方がおかしいと気付く。

 

じゃあ、交差点に無防備に飛びこむのが良いことかと言えば、当然NO。

車の運転手側からすれば、避けようがないと言いたいけど、弱者保護の原則がある限り、無罪放免ということはあり得ない。

 

自転車が優位かと言えば、そんな訳はない。

最近では自転車による歩行者に対する事故が増えており、最近でも痛ましい事故が報道されたばかり。

自動車を運転する限り、自賠責加入は義務であり、任意保険も任意ではなく限りなく義務に近い状況。

交通事故はお金だけで解決できるものではないが、賠償だったり、補償だったり発生すればお金は必要になる。

自動車の運転手の殆どは保険でカバー出来るが、自転車にとっては歩行者は「弱者」。

不用意に交差点に進入し、車にぶつかれば「保護される」ことはあるかもしれないが(それ以前に命の問題もあるけど)、車で無くそこに人が入れば、相手は「弱者」。自転車の運転に対しての保険もあるにはあるけど、まだオプション程度であったりして、満足な補償が出来ない可能性が高い。

 

 

いつもの交差点で赤信号。

私の前で一人が立ち止まっている。

横断歩道の先には塾帰りらしい小学生が信号待ちをしている。

そんな小学生の両脇から大人がすり抜け赤信号を渡り始める。

注意すれば、相手次第で口だけでなく手も出る可能性もある。

小学生も見ている目の前だから、結局口は出さない。

その代わり、こっちは二人並んで信号待ちをしている訳で、そんなに広くない歩道だから、私かお隣さんの身体に触れずに通り抜けることは出来ない。

思いっきり、前を見据えて睨みつけ、一歩も動くつもりは無かった。

相手に、意図が伝わったか分からないが、取りあえず「危なそうな奴」が目の前に立っていたので、歩道では無く車道の方を歩いて後方へ去って行った。

信号が変わり、私とお隣さんは真ん中を開けてあげて、その間を女の子はすり抜けていく。

 

私は車を運転し、自転車を運転し、歩く。

歩けば自転車を邪魔に思い、自転車に乗れば歩行者に対しじれったく思ったりする。

歩いている時に自動車が赤信号になっても突っ込んでくれば腹立たしいけど、車を運転している時になかなか右折出来ない交差点については、早く曲がれ曲がれ~と焦っている自分も知っている。

だから、私はわがままなんだしょう。

 

 

最近、読んだ本で覚えているかもしれませんが

「こヽろ」

が、あります。

 

中学生の頃読み、高校生の時に課外で討論に近い事もした。

あれから随分と年月が変わり、今読んだらどんなことを思うだろうか?


中学生の時の感想文や高校生の時の討論で何を書いたか、何を言ったかは覚えていないけど、多分シンプルなことを考えていたと思う。

今、それをしろと言われたら、原稿用紙を何枚用意すれば自分の気持ちを書きだせるのか分からない。

よく考えたら、先日のエントリもこのエントリも、今この歳になって書く「こヽろ」の読書感想文と同じなのかもしれない。


そして、「先生」に近い状況なのか?

 

って、書くと「先生」のその後を知っている、覚えている方は私を心配してくださるかもしれませんが、それはありません。

に~に~2世さんのコメントにも書いてあったように、事実やドラマ作品の中で感じ取ったこともありますから、それは絶対ありませんよ。

少なくとも、週末の度にどこかへふらついて町並みを眺めている位だから大丈夫(笑)

 

ただ、頭の中が非常に騒がしく、イライラしているのは間違いないようです。

新聞やテレビ・ラジオのニュースもあるけど、携帯電話で最新のニュースを得ることが可能になっている。

朝会社に行き、ずっと外出していれば夕刊を見るまで次の情報が入って来ない時代もあったけど、ちょっとした時間にチェックすることにより、早く情報を得ることが出来る。実際、今日の「神戸」のことだって外回り中には耳に・・・いや目に入った。

だから携帯ニュースをチェックすることがあるけど、私が見るサイトが悪いのか、政治・経済・海外やスポーツ、エンターテイメントなどごっちゃに出てくる。

当然、カテゴリーを選べばいいのだが、政治も経済も観たいのだから、取りあえずごっちゃな記事を読む。

政治や経済、事件などは基本的に慎重な記事が多いけど、とくにエンターテイメントというか芸能が酷い。

とにかくスクープを争っており、明らかな誤報が多いようですね。

恋愛沙汰であったり、結婚であったり、その逆であったり、活動休止など・・・当たっていればスクープ、間違っていても別にいいや、と感じられる記事が多すぎる気がする。

ほぼ私の生活には影響はないだろうけど、イライラするという面では影響が出ているのだろう。

 

 

家に帰り、NHKのニュースで、秒速とも関わりのある地域で、消火器を使ったタイムトライアル競争のニュースが映し出されていた。

よーいドンで消火器を持って、火に近寄り消化をし、もとの位置に戻って来る。そのタイムを争うもの。


それを観て、火事の場合よーいドンなんてことはあり得ず、多分そんな落ち着いて行動もなかなか出来ないはず。

そんなことを考えたあと、でもやっぱり訓練というのはこういったことであり、今まで消火器を扱ったことが無い人が、それを触るだけでも有意義だったのかと思い直したりした。

 

これが生きる道を探しだしているのかと自問自答する。

多分、一生かけても分からないだろう。

でも、に~に~2世さんも分かるよと言ってくれている。

人はそれぞれ色んなものを抱えている訳で

そう簡単にはそれを投げ出せない訳で・・・。

 

生きているから、悩む訳で

生きる道が見つかった時は、多分それまで迷走してきたことを受け入れた時なんだろうな。


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コメント 2

に~に~2世

歩行者、自転車、自動車、
とても分かり易い良い例えだと思います。
同一人物で、立ち位置(どの様な立場か)で
こんなにも見え方・考え方が(180度)変わる?

なにも路上だけに限らず、職場、コミュニティ、
人が集まるところ、あらゆる場面に置き換える
ことが可能ですね。過去の記憶や経験、自己客
観視、ギャップを埋める方法、うむ...

過去にミコさん(本)からいろんな事を教わった。
でもやっぱりその多くは時とともに忘れてる。

ちょっと脱線しますが、
「感謝の心はたゆまぬ教養から得られる果実である。
それを粗野な人々の中に発見することはない」
僕の好きな言葉の一つですが、「たゆまぬ」ってこと
がポイントなんでしょうか。

しかし疲れが...
このまま死ぬまで迷走してるんでしょうね、僕の場合。
by に~に~2世 (2010-11-11 17:55) 

maeboo.

に~に~2世さん、こんばんは

「たゆまぬ」

普段、なかなか使う事が無いなぁ。
ということは、私は緩みっぱなしか。

張り続けるのは大変だけど、ぴんとしないと。
by maeboo. (2010-11-11 22:02) 

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