万葉の街 真間(2) 手児奈堂 [紀行]
真間の継橋から歩いてすぐ。
お堂が見えます。
訪れるのは30年以上ぶりかな。
手児奈堂。(手児奈霊堂)
手児奈といのは女性の名前。
真間に住んでいた美しい娘。
多くの者から求婚されるが、そこには争いがあり、誰かに嫁げば他の男性を苦しめてしまう。
真間の継橋のご紹介の時に書きましたが、すぐそこは当時入江だった。
彼女は入水し自らの命を落とします。
日本各地にこのような話があるかもしれませんが、手児奈の話は多くの歌や絵、話に残っています。
この手児奈の事を行基が聞き、慰霊の為に救法寺を建てます。
後に救法寺(弘法寺)7世、日与が写真の慰霊堂を建立しました。
行基はご存じのとおり奈良時代の僧。
仏教の布教だけでなく、治水工事も各地で実施。大きなプロジェクトと言えば、奈良の大仏建立ですね。
安藤広重の「名所江戸百景」でも『真間の紅葉手古那の社つぎ橋』という作品で取り扱われています。
そうだ、子供の頃に聞いたことがあった。
男性だけでなく、手児奈の美しさに心奪われたのが・・・・
葦
水を汲みに来る手児奈の手足を傷つけないように片方しか葉が生えない、片葉の葦。
子供の頃、誰かに説明を受けたんだけど・・・。
確かにここで。
スマホで調べたら・・・今は・・・・・片葉の葦は確認出来ないらしい。
片方じゃないかな。
安産、子育て祈願。
人形供養も4月に行われています。
コメント 0