終戦の日 終わらない戦い 始まる戦い [歴史と出会う]
終戦の日
嘘かホントか、あの戦争で日本がどこの国と戦ったのか?
ABCD包囲網を言えとは言わなくても、アメリカと戦ったことを知らない・・・
そんな会社の後輩がいるかもしれない。あいつはもしかして・・・。
恐る恐る聞いてみると、馬鹿にしているんですかと怒られた。
ほっとしたけど、知らない、興味がないって人もそこそこいるんだろうな。
このブログでも戦争関連について色々書いていますが、このブログ開設以降に知った事も多いのです。
本や新聞、最近ではインターネットでも調べることが出来ますからね。
今日の夜、CX系で放映される終戦ドラマはパラオ諸島、ペリリュー島玉砕の話。
瓦となりて殘るより、玉となりつつ砕けよや
ペリリューの事を知ったのは20年前くらいかな。もう十分成人していた。
NF光人社文庫 佐藤和正さんの「玉砕の島」を読んでから。
一昨日前、NHKでペリリュー戦の特集が組まれていた。こうやって読んだ歴史を映像や当事者達の証言、そしてドラマ仕立てで自分にすり込んでいく。
但し、ドラマや証言などは史実と異なることもあるから出来るだけ色々な角度から情報を得たい。
北のひめゆり、真岡郵便電信局事件のことを知ってから10年位しか経過していない。これも終戦ドラマとして放映された。
沖縄の島田叡知事のことは知識程度しか知らなかったけど、田村洋三さんの「沖縄の島守」を読んで深く知ることとなり、荒井退蔵さんの事も知った。
島田叡さんの事も昨年終戦ドラマ化された。
さて、今年知った69年前のこと。
『太平炭鉱事件』
今、こうしてブログに書こうと思ったのか、きっかけを思い出せずにいる。
新聞だったのか?
今年読んだ本だったのか?
それともテレビだったのか?
生き残った元看護婦の方が、それまで証言を控えていたが後世に伝える必要があると決心された記事だった。
樺太、恵須取町。製紙と炭鉱で栄えた町。やや北側にある大平町。
真岡よりも北にあり、ソ連軍の進行は真岡よりも早く8月16日に空爆や艦砲射撃を受けています。(真岡は8月20日)
太平炭鉱病院に勤めていた看護婦(師)。医師は応召されており、避難命令は出ているが重症患者とともに避難壕に残っていた。ソ連軍が迫ってくるのを察知した重症患者は看護師たちに逃げるように叫ぶ。婦長の決断で後ろ髪引かれながら逃げ出した23人。しかし、これまでと思い自決を図ります。
劇薬を携帯していたようですが、23人分に分けた為致死量には至らず、最後はメスで手首を切ります。
婦長を含めて6人が死亡。
生き残った17人はその後日本人によって助け出され、その後停戦を迎えます。
停戦となっても、彼女たちの戦いは終わることが無かったと思います。
集団的自衛権の行使が閣議決定がされた今年。
それを良しと思うのか、否と思うのか。
それは皆の考えがあっての事であり、その気持ちは大切にすべき。
歴史は今に繋がっている訳で切り離すことは出来ない。
69年前のことがあり、今の世界情勢がある。
だからこそ、人ごとではなく、考えなくちゃいけない。
そう思った8月15日。
NHKスペシャル「狂気の戦場 ペリリュー~“忘れられた島“の記録」が再放送されます。
東京地区の事で他のエリアは分かりませんが・・・
8月18日深夜 24:30~ (8月19日 00:30~)
しかし今、こう書いてて思った。
やっぱり変だ。
ナレーションもこの番組タイトルもおかしい。
誰が忘れたんだ?
今まで誰も語ろうとしなかったって、そんなことあるか?
by maeboo. (2014-08-16 16:17)
取り上げられなかった事実、まだあるんでしょう。
若い人の戦争自体を知らない割合が増えていきますね。
評価は時期により、人により変わりますが、多くの不幸あった事実は変わりません。
by saki (2014-08-16 17:30)
sakiさん、おはようございます。
あの戦争では全滅に近い戦闘がたくさんありました。
生存者が殆どいないという事は、伝えようとも伝えられない事も多かったと思います。
ただ、知らない方が幸せという事もあり、それがやっぱり戦争の悪だと感じたり・・・。
しかし戦争自体を知らないというのは別次元で、やっぱり痛みや狂気を知らないと、避ける努力を怠ってしまうと思います。
by maeboo. (2014-08-17 06:17)