芸術の秋の足音を探す散歩(21) [紀行]
上野東照宮さん。
まずは大石鳥居から境内に入ります。
公式HPによると1633年に酒井忠世が奉納した鳥居。
基礎工事がしっかりしていたので関東大震災でも全く傾かなかったとのこと。
さあ、家康の遺言で家康、藤堂高虎、天海僧正の三人の魂が末永く鎮まるところを作って欲しいと受けて、藤堂家のあった上野に造営、その後三代将軍家光によって大規模造営された東照宮へ。
山門・・・ではなく水舎門と言うらしい。
別の場所にあった水舎の上部をこうやって門にした模様。
この様に門にしたのは・・・昭和の戦後の事。
即ち、江戸・明治・大正の頃とは違う風景という事になります。
参道の横に並ぶ、石灯籠。
舞殿ですね。
そして、手水舎・・・・・んあ?
鈴・・・・だよね。
説明板によれば、
狛犬の石工、酒井八右衛門寄進の鈴。
酒井八右衛門は江戸三大石匠と呼ばれたとのこと。
なぜ鈴なのか・・・・不明らしいが、珍しいので昭和三十年代に人目に付くこの手水舎(実際に現在使われている手水舎は反対側にあります)に付けられたらしい。
先程の水舎門も昭和30年代。
うーん、何があったんだろう。
何度も言うが藤堂高虎も家光もこのような境内は知らない・・・・はず。
この鈴がぶら下がる手水舎
その後ろ側に
原爆の火。
分かりにくいと思いますが、この鳩のモニュメントの中で燃え続けます。
広島に投下された原爆の火を懐炉に入れて故郷福岡に持ち帰った星野村の山本さんは有名ですが、長崎の原爆瓦から採取した火と合わせて、ここで灯され続けています。
以前にも星野村から全国へ広まった平和の火を私は見ています。
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