そうだ、また京都1509初秋(4) 光悦寺 [紀行]
光悦寺は源光庵より、歩いてすぐ。
山道の幅は決して広くなく、直前まで来てやっとわかったぐらいです。
この山道も紅葉で有名なスポット。
そうだ京都、行こうキャンペーンのポスターにもなっているかも?と思ったけど似たようなアングルがあり、違いました。
それでも紅葉シーズンになればこちらも多くの人で賑わいます。
紅葉とは無縁の今日ですら、なかなか人がいなくなるタイミングがやって来なかった。
参道を進むと山門が見えてきます。
本阿弥光悦が家康の許しを得て、鷹峯に一族らを連れて移り住み、芸術村を作ります。
光悦の職業(本業)って、どう言い表せば良いのだろうか?
雪舟にしても、重森三玲にしても、小堀遠州にしても、イサムノグチにしても、多才で庭を作る人は作庭の感性だけでは名を馳せることは出来ないのだろう。
受付で拝観料を払い、進みます。
品種なのか、個性なのか、他より朱が強い葉っぱ。
青空に透かしてみます。
敷地内には7つの茶室があります。
有名なのが光悦垣
割竹を斜めに組んだ垣根。
京都では他の名が付いた垣根をいくつか見ましたが、こちらの垣根が一番力強さを感じました。
入口からは想像できませんでしたが、敷地は広く、順路表示もあるけれど
他の人たちのルートはまちまち。
源光庵で見た人達もいる。
追い越したり、追い越されたり。あれ?全く見ないの?と思ったり。
この写真、枝分かれする道のひとつ。
その先には光悦のお墓がありました。
お庭の一番先には
茶室 本阿弥庵
この写真、180度くるっと回ると
鷹峯三山。
左が鷹峯。
昼だから空には満月は無く、雁も飛んでいないので気がつかなかったが、花札の芒(ススキ)。坊主と言ったほうがわかりやすいかな。
綺麗な曲線の稜線。
三山、残りは鷲ヶ峰と天ヶ峰
さっきの写真だと天ヶ峰が入りきらない。
超広角レンズの出番だ!(笑)
やっぱり入りきらない。
左の見切れているのが鷹峯。目の前が鷲ヶ峰。右で見切れているのが鷹峯。
カメラでは写しきれなくても、休憩所に座り、じっくりと首を振れば景色を楽しめます。
少しずつレンズとカメラアクセサリーなどが詰まったカバンの重さが肩に感じ始めました。
ちょっと休憩。
さあ、次に行こうか。
もう一度、
光悦垣の前を通り
鐘楼の前を抜けて、先程の参道へ
振り返り
さあ、次も歩いてすぐのところへ。
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